[ショートレビュー] 『転生薬師は異世界を巡る』がいろいろな意味で面白い

異世界王に、俺はなる!(ドン!)

主人公のシンは一般の回復薬とは比べ物にならないほど効果の高い回復薬を生み出すことができる天才薬師。
トラブルを避けながら生きているが、その才能と腕前は良くも悪くも人を惹き寄せる。
どうやら転生したようだが自分のことを語りたがらないシンはこの異世界で何を成すのか…?

あらすじはこんな感じでしょうか。

ひとまず5話までの間にシンが”何者”なのか、”目的”は何なのかといった部分はほぼ語られていません。
転生したというのもタイトルと1話ラストの謎の人物(恐らく神的な存在?)が「転生者」と呼んでいるから。

第1話、人でなしが自分の招いた騒動の責任もとれない

原作小説では人物紹介に「外面が良い」とあるが、コミック版では外面は良くない。
むしろ目的のないニヒリスティックな人物として描かれている。

例えば1話冒頭で新米冒険者の少年がレストランでバイト中に客に難癖をつけられ、なんと明らかに殺傷能力のありそうな剣で斬られそうになっているにもかかわらず、目の前の騒動からそそくさと逃げるだけ。
串焼き屋の店主が手を貸さなければ見殺しにしているところだった。
かなりの人でなしと言えるだろう。

しかも自分が紛失した薬師としての証明となる帽子を悪用されてニセ回復薬を高く売りつける詐欺が発生。
その噂を聞くも主人公は「関係ねーよ」とクールに無視。
被害者(さっきの少年)が、ピンチの際にその薬を服用するとなんとそれは麻痺薬で大怪我を負ってしまい命からがら逃げ帰る。
それを見つけたシンはその場でスゲー薬を作って超回復!
偽薬を売っていた連中を一網打尽にし、帽子を取り返す。
お礼を言う少年に大金貨300枚を請求し、出世払いすることを約束。
シンはニヤリと笑い立ち去るのだった。

ってお前の帽子のせいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!

100%お前のせいだろ!

この世界ではシンの被る帽子が「一流の薬師の証」なんだとか。
例えばこの日本で警察官が警察手帳を紛失したらどうなりますか?
それを悪用した犯罪が起きたら?
自分の帽子のせいで犯罪が起きたのに何ドヤ顔してんだお前は。

しかも偽回復薬は大量に市場に出回っており、冒頭の新米冒険者の少年はたまたまシンに出会えたから良いものの、たぶんそのへんの野山に被害者が山ほど転がってますよこの事件。

そして偽回復薬を売っていた悪人のボスを倒す際に、主人公が完全に胸を剣で後ろから貫いていますからね。
脊柱・気管・食道・大動脈・大静脈などを無造作に貫かれて、口から鮮血が出ているのに命乞いしているんだから薬がどうとかよりも人体の不思議が凄すぎてもう誰も死ねないねこれ。

ボスを倒して帽子を取り返す際には「二つ名や称号に興味はねぇが悪用されるのは御免だ」と言い放つシン!

だったら最初からテンガロンハットでもかぶってろよぉぉぉぉぉい!

功名心も出世欲も無くて医療関係者ならパラキャップかぶらんかい!

もう1話からツッコミどころが多すぎて面白すぎるのでぜひ読んで欲しい。
これほんっと面白いから。

第2話、どうしても必要なお色気と、目標を間違える帝国

第2話では舞台が森の中へと移ります。
何やら怪しげな集団が木の上から偵察中。
名前は西洋風なのに「辰の刻」というワードに違和感があるがそれはどうでもいい。

「対象を確認」という声とともに双眼鏡の先には異世界御用達のボインなガール。

場面は変わり少女とシンが出会う。
シンは森に巣食うフォレストバイパーを眠らせて巣から薬草を採取。
それに驚いた少女と共に目覚めたフォレストバイパーから逃げるが、なんとその先は崖。
なぜかずっとクールなシンは崖から落ちたタイミングでその先が「崖だから」と気怠げに少女に教える。
なるほどダラダラ系主人公としてのキャラ付けのための描写だ。

そして崖から落ちるも寸前で崖の下の枝を必死に掴む少女。
「絶景だな、絶景。」とあたりを余裕で眺めるシン。
その様子に少女は「なんで余裕なのよ!?」と応じる。

なるほど、シンはこの状況でもなんとかする能力があるのか。
と思いきや枝が折れてふたりとも真っ逆さま。
シンも慌てふためくのであった。

この余裕ぶった態度いる!?
「あ、この先は崖ですよ」
「あらあぶない、違う方向へ行きましょ」
でいいし、余裕ぶるなら最後まで余裕でいろよ!
なにか根拠があればかっこいいけど、ただの場違いな****に見えちゃうだろ。
なんで落ちる瞬間だけ慌てるんだ。

まあキャラ付けとしてはしょうがないのかもしれないけど、異世界モノとはいえキャラクターの行動に必然性がないとギャグ漫画になりかねない。

この後オークとのバトルがあるがそこの描写もおもしろい。
木の側面にいたオークが次の瞬間にはなぜか隣の木へと飛び移るだけの足場を得ているのに、次のシーンではやはり木の側面から落下する。
協力者の先程の少女”エリス”には作戦をすべて教えず、不安を抱かせる。

まあその後色々あって冒頭の怪しげな集団と邂逅。
怪しげな集団が「どっちがシンだ」と聞いてくる。

……え?君たち何らかの組織に属していて「シン」を探してここまで来たのに性別すらわかってないの!?
すごい労働環境ですね。

ちなみに彼らは「帝国」というところに属していることが判明。
シンたちがどこに属しているかハッキリと書かないのでよくわからない。

第3話、だったら最初から家で待ち伏せればよくね?

相変わらず明言されないがシンは「王国」というところで暮らしているらしい。

なんやかんやで逃げ切るシンとエリスだったが、家へ帰ったシンを待ち伏せる帝国の刺客。
「テメーら、どうしてここが?」
「我々にも情報屋がいてな」

じゃあなんで森で襲ったんだよぉぉぉぉぉぉ!?

コイツらどうなってんだよ!
さっき書かなかったけど帝国の仲間が森でヘビに喰われてますからね!?

まあでも森なら目撃者もいないし、関係ないやつを巻き込まないようにしたのかな?
→でもエリス巻き込んでるし意味なくね

しかも寝泊まりしている場所わかってんのに性別わかんね―の。
帝国は道化師を刺客にしたの?

しかもせっかく気絶させたシンを縄でぐるぐる巻きにしたのに、剣で切りつけようとして縄を切ってしまい脱出される。
あのさぁ……。

ということでお話の紹介はこの辺にしとこうと思います。
無料公開分は3話までなので、ここから先はぜひご自分で確かめて欲しい。

某海賊漫画のフォロワー

この作品を読んでわかることは、めちゃくちゃ某ジャンプマンガの影響を受けているということだ。
作品の端々で某海賊漫画に似た構図を見ることができる。
1~3話でも感じ取れると思うが、その後の街のために大型魔物討伐する回などは懐かしさすら漂ってくる。

某海賊漫画と本作品のどちらも読んだことある方なら私が言わんとしていることはわかるはずだ。
横顔、それも口の部分だけコマの端から出る形で怒鳴り、次のコマで全身を映す描き方。
弱いものが強いものに立ち向かう際の描写や、使い所はおかしいが引きで両者が対面する際の描き方。
大きな化け物の目だけ特徴的に描く(フーという吹き出し)など。

そもそも本作のヒロインであるエリスは荒々しい魔物によって姉の住む故郷を荒らされている設定であり、それを助けにいくという流れがなかなかに懐かしい。
今回はデカいイノシシだったが、鼻がギザギザのサメだと思えば同じようなもんだろう。

一番面白かったのは明らかにオマージュしたであろう、大型魔物討伐で湧く街と墓の前で静かに弔うドクター(村長的存在)という描写だ。
どこかで風車が回っていそうなほど影響を受けているように感じる。

4話では「弱い事は罪じゃない」とシンが言っているがこれも某海賊漫画で海軍本部登場のシーンでの演説「民衆がか弱いことは罪ではない!!!」からだろう。

掘れば掘るほどたくさん出てくるが、一つ言っておきたいのは「パクリ」ではないということだ。

確かに村を荒らす強大な存在が孤児である姉妹を育てた親代わりのシスターを殺し、姉は村に残り妹は化け物を倒すために村の外に出て、強力な味方と共に戻り、倒した後は宴会を開き、村長的存在が墓前に居る。

この描写は某海賊漫画の話に似ている。

村を荒らす海賊の強大なサメが捨て子であるナ○とノジ○を育てるベルメー○さんを殺し、姉は村に残り、ナ○は海へと出て強力な仲間と戻り、倒した後は宴会を開き、村長的存在のゲンゾ○が墓前に居る。

とはいえ決してパクリではない!
だってイノシシだし、そもそもこの話はたった2話で終わるのだ。
某海賊漫画の方は背景設定から人物設定まで詳細に描かれ、濃密なバトルが繰り広げられる。
しかし本作での相手は村を荒らすイノシシだ。
農業マンガの害獣駆除回程度のページ数で倒せる雑魚モンスターとイーストブルー最強格のアーロ○を比べてはいけない。
だってイノシシだし。イノシシだし。

だから何度でも言おう、本作はパクリではなくオリジナリティ溢れる野心的な作品なのだ!(ドーン!)

一体誰の趣味嗜好なの?

さて、ここで問題になってくるのは一体誰が某海賊漫画のファンなのかということだ。

実を言うと原作の山川イブキ先生の書く文章は普通だ。
無料公開されているSSなどを読む限りおかしな点はない。
あまり読んだことは無いがいわゆる「なろう系小説」の中ではまともだろう。
そして某海賊漫画の影響は感じられない。
むしろ真逆のかなり自己中心的な登場人物ばかり登場する作品といった雰囲気だ。

では作画を担当しているマツオカヨシノリ先生はどうだろうか。
実を言えばかなり好きな絵柄だ。
キャラクターの描き分けはもちろん、背景の街並みまで力が程よく抜かれて描かれており表情の描写なども素晴らしい。
そもそもこのマンガを買った理由は”ジャケ買い”だ。
異世界転生モノは『幼女戦記』以外読んだ覚えはないが、表紙の雰囲気だけで購入しようと思えたほどだ。

では一体どこから「某海賊漫画風味」が発生しているのだろうか?
編集者の趣味趣向なのか?

恐らく原作を購入して読み比べればはっきりしそうなのだが、あいにくこのコミカライズでお腹はいっぱいだ。

間違っていたら申し訳ないが、十中八九作画担当の方の趣味じゃないかと感じている。
ぶっちゃけ絵柄だけなら間違いなく少年マンガ王道系の雰囲気があり『ONE PIECE』はもちろん『FAIRY TAIL』などの雰囲気も感じられる。
それでいて古臭くなく、キャラクター描写は緻密で今風で可愛らしい。
ヒロインの瞳の描き方などどこかで見たような気がするが、どこか思い出せない。
そういった人のアシスタントなどをしていた可能性もあるのだろうか?

この人のオリジナル作品を読んでみたいと感じさせるほど丁寧で緻密な作画だ。
モブのひとりひとりまでストーリーがありそうなほどの描き分けや、薬の調合時の描写などとにかく画力が高い。

本作をこれ以上買うかはわからないが、マツオカヨシノリ先生の作品がもし出るのであればぜひ書いたくなるほどだ。

ということで読んでたらあまりに衝撃的だったのでレビューしてみた。
色々書いたが十把一絡げな異世界モノの中では伏線を張ろうと苦心している場面もあり、工夫に溢れた作品だ。
恐らく串揚げ屋のオヤジは帝国の人間だし、冒頭のヴリトラを倒したのはシンなんじゃないかなと予測できる程度には伏線がある。

無料分もあるのでぜひ読んでみて欲しい。

ちなみに薬の話の掘り下げが全然ないので、そっち方面が好きなら『薬屋のひとりごと』買ったほうが絶対いいです。
本作はあくまで異世界なので、薬の効能や成分についてはファンタジーで説明無しです。

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