
革新的な手法を用いたストーリー並行型サウンドノベル
『街 〜運命の交差点~』というゲームの素晴らしさはインターネット上に無数に書き込まれています。
アドベンチャーの名作という話になれば必ず名前が挙げられる作品で、爆発的な大ヒットこそしなかったもののじわじわと現在に至ってもプレイする人が現れるタイトルです。
このゲームは8人の主人公とそれを取り巻く無数の人々の群像劇となっており、それぞれの選択肢が各主人公のルートに影響しあうことで複雑で上質なゲーム体験を生み出しているのが特徴。
じゃあ主人公の8人は知り合いや友人なのかというとそうではありません。
ひとつの物語に8人の主人公がいるわけではなく、
8人の主人公に8つの物語があり、それぞれが独自のジャンルで描かれているのです。
つまり8本の小説が収録されているような形式。
それだけならばただのオムニバス形式の小説となってしまいますが、本作の8本のストーリーはすべて同じ時間・同じ街で起きた出来事で、彼らは同じ時間に生きて常に同時に物語が進行しています。

時は199x年10月11日~15日、場所は渋谷。
(明言されて無かった気がしますが、10/13日が金曜日だったので1995年か2000年のはず)
彼らは直接的ではないにしろ影響し合っており、それに気づき未来を変える事ができるのはプレイヤーのあなただけというシステムになっています。
たとえば主人公Aがケンカになったとき、相手のチンピラはナイフを持っているが自分は持っていない。
周りに何か無いか探すが、何もなく刺されてバッドエンドとなってしまう。
しかし主人公Bのストーリー上で以前この場所を通りがかったときにいらなくなった鉄パイプを捨てておいたらどうでしょうか?
主人公Aがあたりを見渡すとちょうど手頃な鉄パイプが落ちていた!これで勝負だ!
主人公A視点ではただのラッキーですし、主人公B視点でもいらない鉄パイプを置いておいただけ。
彼らは会ったこともないが、こうしてどこかでつながっている。
神の視点を持つプレイヤーはこの最適解になる状況をパズル的に発生させることができるのです。

主人公たちがほぼ面識がないまま進むのは面白く、ニアミスすることは何度もあるのですがトイレの個室で隣同士だったり、数秒違いで会えなかったりと「あとちょっとなのに!」という気持ちにさせてくれます。
プレイヤーは8つの同時進行する物語のタイムラインを切り替えながら、それぞれの主人公たちがバッドエンドにならないように複雑に絡み合う運命の糸を解きほぐし、彼らを結末へと導きます。
ザッピングシステムとTIPS
本作の特徴はなんといっても8本のストーリーを自由に切り替えることができる”ザッピング”システムです。

主人公たちは同じ街 渋谷で同じ時を過ごしています。
主人公Aが渋滞に巻き込まれているときに、主人公Bがトラブルを起こして渋滞を生み出している。
主人公Cが交差点でぶつかった男は主人公Dの彼氏、そのせいで主人公Dは彼氏に会えない。
こんなふうに街のいたるところで運命を交錯させる登場人物たち。
そのストーリーラインを切り替えるシステムこそがザッピングシステムです。

それぞれのストーリーは一見まったく繋がりがないのでは?というほどに直接出会うことは滅多にありません。
しかし話の端々に繋がりがあり、そのワードから別のストーリーへとザッピングすることができます。
ちなみにザッピングとはテレビのチャンネルを切り替える行為のこと。
このザッピングシステムによりストーリーを切り替えながら様々な障害や問題を乗り越え進んでいくことになります。
そしてもう一つの革新的なシステムがTIPSです。

ノベルの文章部分にこのような色の違う部分が出てきた場合、それを選択することで単語の内容を説明してくれます。
この説明文はただの説明から製作陣のユーモアが盛り込まれていたり、時にはクイズがあったりと物語を彩る重要な役割を担っています。

また難しい単語をプレイヤーに理解させるために説明調の長セリフを入れる必要がなくなったことはノーベル賞レベルの発明だと思っています。
ちなみに「街」も路上では無許可で撮影してた場合もあったなんて話が……笑(出典)
ちなみにこの革新的なシステムであるザッピングとTIPSですが、元祖という意味ではザッピングはたぶん『EVE burst error』。TIPSはどうでしょうか、『街』のような使い方は当時ほかに無かった気がします。
とにかく懐かしい渋谷の景色が見れる

実を言うと年齢的にはこの渋谷に見覚えはありません。
父や母の世代の街並みです。
ですが古いニュース、ドラマ、映画などでなんとなく知っているあのゴチャゴチャしつつも輝いていた渋谷の街並みを資料としてではなくゲームの主人公として見ることができるのです。

これはすごい体験です。
電話しようとしたらスマホではなく公衆電話へと入り、パソコンを使おうとすれば公衆電話からISDN、黄色い電球がたくさん並びちょっと会話しようとしたらスタバではなく喫茶店。
これを映像や小説ではなく、ゲームとして体験できるのは本当に嬉しいです。

今のほうが絶対便利だし綺麗な街並みなのに、ゲームの中の渋谷は温かみのある強烈な魅力を放っていてゲームのキャッチコピーである「戻りたい過去はありますか?」を強烈に意識してしまいます。
この時代の渋谷を大人として歩いてみたかった。
どんな匂いがして、どんな気温で、どんな声が聞こえたのだろう。
子供の頃にたぶん連れてきてもらったことが何度もあるのでそれとなく覚えている気はするのですが、だからこそ行ってみたい気持ちが強いのかもしれません。

いまでも渋谷のスクランブル交差点などの主要部分の写真は古いものが見れますが、路地や住宅街、もう無くなってしまったお店などが写っているのも嬉しいですね。
個人的にはミスタードーナツの渋谷公園通り店の在りし日の姿が写っていたのに感動しました。
こんな素敵なデザインの店舗があったんですね。

プレイ前の杞憂……古臭さは感じなかった
プレイするにあたって思い返してみるとそもそも私はこのゲームをプレイするのは二度目です。
一度目は小学生の頃。
叔父が要らなくなったセガサターンとソフト十数本をくれた時、その中に『街』が入っていました。
当時はプレイしても何がなんだかわからず、バーチャファイターばかりで遊んでいました。
さて現代になって古いゲームを遊ぶとやはりその不親切さと古臭さは大きなハードルとなります。
『街』をプレイしようと思った時、やはりこの問題はあるだろうなと思っていました。
どうしても時の流れはあります。
いま面白い『ELDEN RING』だって27年後に遊んだら……大丈夫かもしれないですね。
本作も同様に27年の月日によって古臭さを感じることはそれほどありませんでした。

もちろん登場人物のメイクや服装はかなり古いです。
スーツも少しダボッとしたシルエットですが、それほど変には見えません。
前述の通り渋谷の風景は美しくも雑然としており、古いと同時に独特の魅力があります。
セリフ回しは確かに古臭いですが、一部シナリオを除けば死語という感じでもありません。
(その一部シナリオも死語を”演出として”使っているだけ)

これは不思議な感覚ですが2025年に生きる人間として、『街』という作品をプレイしてみると古臭いよりも新しいなと感じました。
何もかもが触ったことの無い不思議で新鮮な感覚でした。
古いのに、新しい。
他に同じような仕組みの作品を見たことがない。
あったとしてもこの完成度を上回るものがあるとはとても思えない。
まるで古代のオーパーツに触っているかのような感覚です。
これまで無数の新しいジャンルが生まれてきましたが、消えていくのはジャンルに魅力がなかったからというものばかりではないのでしょう。
この『街』の3次元的タイムチャートを用いた群像劇というジャンルは、おそらく作るのが非常に難しいはずです。
さらに現在では俳優をたくさん集めて映画並みの予算で静止画のゲームを作る理由がないのです。

(当時はヨースケとして活躍されていた窪塚洋介さんも出演しています)
つまりこの『街』というゲームはあの時代だからこそ成立し、実際に完成にまで至ったのだと思わずにはいられません。
さらに本作は画質も悪く古いゲームなのに、とても贅沢な作りになっているのです。
本来1枚の画像で説明できる部分を何枚も構図を変えて撮影した写真を贅沢に使っています。
俳優さんの数は100人を超え、有名な方も出演しています。
音楽も豊富で文章量も多い。
選択肢もたくさんある。
現代のゲームは画質や演出がとても贅沢ですが、『街』はまた違う面でとても贅沢な作りになっているのです。

もちろん時代相応の雰囲気はあります。
ですがそれは”古い”というよりは「その時代の空気感」を感じます。
古さよりもその斬新なゲーム性や先の気になるシナリオに夢中になってしまいますね。
牛と馬のふたりのストーリーは群を抜いて素晴らしい
8本のストーリーのうち、2本は牛尾政美の『The wrong man 牛』と馬部甚太郎の『The wrong man 馬』という二作品。
名前の通りヒッチコックの『間違えられた男』のようなストーリーでまったく同じ顔のふたりが、宝石店の強盗事件をきっかけにお互いの立場が入れ替わってしまいます。

牛尾政美は押しも押されもせぬ最恐の元ヤクザ。
馬部甚太郎は見た目は牛尾に似ているが柔和で優しい悩める三流俳優(ヤクザ役)。
すれ違い続ける牛と馬。
時にはいるべき場所に戻れるのに、色々あってまた入れ替わる。
目まぐるしく動きのある展開とニアミスする二人と誤解し続ける周囲!
ほどよいバイオレンスにハラハラするストーリー!

もうどこをとってもおもしろくて映像化してほしかった!
正反対の二人が入れ替わるという展開は今でこそかなり食傷気味なのですが、この『The wrong man』シリーズは本当に面白かったです。
ネタバレになっちゃいそうですが交わりそうで交わらない2つのストーリーがエンドシーンに向かってどんどん速度が上がっていき、最高速でバチッとぶつかって綺麗に終わるところが特に好きです。
演じていた俳優は松田優さん。
裏話も上のサイトから見れるのでぜひクリア後は読んでみてください。
あの画質が悪くても、躍動感と迫力と優しそうな雰囲気やカッコいい空気感が伝わってきた理由がわかるはずです。
本当に素敵な俳優さんですね。
『街』は商業的には失敗だった!?早すぎた傑作に続編は?
『街』の売上はSS版10万本、PS版10万本だったとチュンソフトなどに在籍されていた伝説的プログラマー(と言いつつ多方面で活躍されていた)大森田不可止さんがブログやTwitter(X)で言及されていました。(残念ながら2021年にお亡くなりになっています。御冥福をお祈りいたします。)
PS版以降のサブタイトルの「運命の交差点」は大森田不可止さんが移植作業をする上で設定されたのだとか、面白い話がたくさんあるのでぜひTwitterなどを読んでみてください。

商業的には制作費7億円に対して4億円程度しか回収できず、大失敗だったそうです。
ただPSP版やダウンロード版などもあるので現在までで考えれば回収できてる……のでしょうか?

なぜ『街』は売れなかったのでしょうか。
原因は色々と言われていますがやはり「実写ゲーム」という点でしょうか。
これは良くも悪くも当時の風潮なのですが「実写ゲームに当たり無し」という雰囲気が確かにあったと思います。
私自身も子供の頃はたくさんのゲームをプレイしていましたが、やはり実写ゲームには心理的抵抗感がありました。

大森田不可止さんも”私は「街」があまり好きでは無かった”、”「街」はずっと面白さが分からなかったな。”と仰っていて、作ってる人にとっても面白さを感じるか感じないかは微妙なところだったようです。
”ドラマを作りたいならゲームじゃないほうが良くない?”とも仰っているので、ゲームという新しい表現方法がドラマというもうすでに存在する完成形の表現方法に接近する必要は無いのではないかというお考えだったのかもしれません。
ドラマなら動くものをほぼ静止画にするわけですから、確かに判断が難しいですね。
個人的には『かまいたちの夜』と並ぶ最高傑作のひとつだと思っています。
しかし『かまいたちの夜』が生み出した多くのフォロワーと違い『街』は精神的な後継作がほぼ存在しません。
『428 〜封鎖された渋谷で〜』は似ているようでまた違った方向性の作品だと思いますし、やはり実写は制作費がネックなのでしょうか。

続編が出ない理由として「東京の闇の神秘性が薄れた」というのもひとつの原因かなと思います。
80年代~00年代後半まであった「東京は何かが裏で蠢いている」、「このビルの隙間の先に何かが…」みたいなある種の都市伝説的な雰囲気がスマホの普及とともに消失したと感じています。
もちろん都市が持つ醜悪さや邪悪さみたいなものは未だにあるのでしょうがバブルの頃のゴージャスでごてごてしたデザインが、モダンでアーバンでシンプルな洗練されたデザインの街になったことでまったく見えなくなってしまいました。
近年だと『ペルソナ5』や『Ghostwire:Tokyo』などは渋谷を中心としたゲーム作品ですが、実写では生まれないゲームならではの雰囲気を備えています。
逆に今の景色を写真として切り取ってもなんとなく難しい気がしますね。
先程も書きましたがスマホの普及も痛いですね。
『街』のような繊細なストーリーは裏を返せばスマホがあるだけで破綻しかねません。
Netflixのドラマ『地面師たち』のようなクライムサスペンスは成立するわけですから、できなくはない気がしますがそれこそドラマでいいとなりかねません。
つまり何が言いたいかというと『街』はやっぱりあの時代だからこそ成立し、完成したのだろうと思います。
総評:サウンドノベルの一種の極致、傑作をぜひプレイしてほしい!
『かまいたちの夜』以降無数のサウンドノベルが生まれました。
『街』はその中でも一際妖しい光を放つ作品でした。
もちろん当時プレイすれば街の雰囲気を実際に体験できたはずです。
しかし今プレイしてみるとその妖しい光は暖かな光へと変化しており、まるでタイムカプセルのように現代へと当時の空気を密閉した状態で届けてくれます。
『街』をプレイすれば私達はいつでもあの時代の渋谷へタイムスリップできるのです。
たとえあの時代を実際に体験したことがなくてもです。
これはもはや日本の重要文化財でしょう。
その一方でゲームシステムや無数の写真素材を贅沢に使うことで本作は古臭さは感じず、むしろその先進性が現代でも通用することを証明しています。
惜しむらくはそのあまりにも高い職人性と緻密な計算が必要なシステムの影響で、続編やフォロワーが生まれなかったこと。
そして現状プレイするために必要な環境が若干ハードルが高いということでしょうか。

2011年12月に購入してちょこちょこ遊んだ後放置していたPS Vitaを掘り起こしてプレイしました。(汚くてごめんなさい)
バッテリー死んでたのでAmazonで互換品を購入して交換したり、PSStoreへ入るのに一苦労あったりとほんと面倒でした。
現在『街』はセガサターン版、プレイステーション版、PSP版の3種類があり、ダウンロードにより遊べるのはPSP版のみ。
PS VitaでもPSPのゲームはダウンロードできるので、とりあえず遊んでみたい人はPS Vita?
バッテリーをユーザーが簡単に交換できるPSPのほうがいいかも?
ちなみに私はSS、PS、PSPのパッケージ全て持っていますが、本体が問題なんですよね……。
スパイク・チュンソフト様!どうかSteamでプレイできるようにしてください!
背景画像をAIで高精細化したバージョンとかも切り替え可能だったりしたら嬉しいかもしれません。
※追記
本作をプレイする上でぜひ一緒に読んでほしいのが『街 公式ガイド ZAP’S』。
しかし絶版となっている上に電子書籍化もされておらず入手困難なのが残念です。
ここに掲載されている「伍長」の物語は各主人公との接点、そしてそのバックボーンが少し解説されていたりと重要なポイントが多数収録されています。
なんとか電子書籍化してくれたら嬉しいのですが。



コメント